戻る

腰の下の足の付け根の辺りの筋を痛めました。
恐らく、音響機器を上映会場の3階まで運ぶ時に悪くしたのだと思います。
その痛みの引いてしまう前に。

みなさんからのアンケートや直接いただいたお言葉を、改めて、読み直したり、思い返たりしています。
折角いただいたお言葉なので、ここにいくつか紹介したいと思います。
多かったご指摘は、クラブのダンスシーンについてです。
<なぜワンシーン・ワンショットに近い長回しなのか。>
・撮影時の時間的制約のためにワンシーンしか撮影できなかった。
・タップとの音の関係で、カットを割ると同時録音が難しく、カメラの台数が一台しかなかったこと
撮影時や編集時のこれらの要因と合わせて、ダンスシーンでカットを割ることの少ないハリウッド30−50年代ミュージカル・コメディを継承したいという企み、並びにタップダンサーの名優フレッドアステアへの憧憬もその背後にあったことを告白します。
次に多かったのは、ジャンプカットの意図を問うご意見。
<なぜジャンプカットを多用したのか。>
これについては、シーンごとにまちまちの理由がありました。
・曲の長さに合わせて映像をカットした
・複数テイクのいいとこ取りをしたいという欲求に負けた
・センチメンタルになっていく作品を編集の段階でどうにかして破壊したいという欲求に負けた
編集時の編集者の揺れが作品に影響をしてしまうことが多々あります。
<クラブシーンの不自然さについて>
・ミュージカル映画の不自然さを少し参考にしました。が、もっと時間をかける必要があったのかもしれません。
<街の風景の選び方について>
・風景の撮り方と俳優さんの撮り方に然程違いをつけているわけではなく思います。
街自身が持っている表情のようなものを、どこを切り取れば引き出せるかを考えるようにしました。
そういえば撮影期間中は恵比寿に毎日のように通ってましたっけ。
一目見てそこが恵比寿であるように、わかるように…と心がけていたのですが、まだ至らず…?
風景を切る撮ることが我が映画人生の課せられた題目の一つであるとか思っているのでこれからも試み続けたいです。
<公園ダンスシーンについて>
まずたこ公園があって、脚本があって、それから曲を佐々木さんに作ってもらい、
次にダンスを二階堂さんに作ってもらい、
二階堂さんから中村さん(アキラ役)へダンスの指導があり、
それからカメラワーク、カット割りを、撮影監督の海さんと話し合いの中で決めて行きました。
佐々木さんにも二階堂さんにも、私からお願いしたことは、たこ公園を意識したもの、という注文と、
曲はいくつかの展開があるように、という事ぐらいだったと思います。
このシーンにおいては特にライティングに関するご指摘も。
<何を伝えたかったのか恋愛なのかダンスなのか/もう少し的を絞って短くした方がよいのでは>
制作する段階での自ら作った企画書を読んでみると、
「現代におけるミュージカル映画への挑戦」といった意味の言葉が添えられてあります。
ミュージカル・コメディーというジャンル映画はもとより恋愛とダンスの両方がテーマなのでしょうけれど、この挑戦を果たして今回成しえたかどうかには疑問が残ります。
敢えて言えば、ダンスそのものと物語が交差すること自体が、現代では難しいと言う問題が露呈されたことに、その挑戦の意味はあったのかもしれませんけれども…
それにしても
今作品に満足したら先に進めませんから、これから本気でがんばろうと思います。
世の中には本当に面白い映画がたくさんあって、それが勇気になります。
<全体の裂け目になるようなものがあったほうが…>
今日から次回作へ向けての戦いの火蓋が仄かに切られたような気がします。
またもちろんここに載せられたことの他にもたくさんの嬉しいお言葉をいただきました。
自分では気のつかなかった点を、作品に向けられた色々なかたの感覚を通して、再び知る。
全ての映画は本来批評される運命にあるのかもしれません。
上映会は、制作者側にとってはそういう次の一歩の踏み出しとなっているのだと、
上映会が始まった3月3日の日から一週間経った今に、漸く思います。
またその他に気がついたことは、
「映画を見る」のではなく、「映画に行く」
という言葉が好きだという気持の影に、
レンズの企画「1」で提唱した音の美術館があるということ。
これは制作側の意見というよりも、一人の映画ファンとして(結局は同じことなのですが)
映画の未来を考える上で、相当に重要なことなのです。
2007年3月10日  遊佐蓉子
初日夜の回の後

戻る